
M&Aを通じた企業の成長・発展と経営資源の有効活用
M&Aの歴史
戦前、M&Aは、日本で積極的に行われており、財閥の拡大や業界再編に寄与していました。1800年代後半から1900年代にかけて旧財閥系がいわゆるM&Aも活用して事業拡大したことが知られます。1880年頃から政府は官業を三井や三菱等の財閥に安く払下げ、これらの事業を譲り受けることで財閥は事業を拡大しました。この手厚い保護体制のもとで、事業買収を進め様々な産業を傘下に収めていきました。
明治時代から昭和初期にかけて、日本の産業や国際貿易の発展、戦争による需要などにより、財閥が巨大な富と権力を手中に収めていきました。財閥は、純粋持株会社に様々な企業を傘下に収めて運営しましたが、敵対的買収も含め、数多くのM&Aが行われたとされます。日本のM&Aブームのひとつに、明治時代後期からの紡績業の再編が挙げられます。当時の業界では紡績業界の合従連衡が唱えられていました。当時の日本の基幹産業であった紡績業は、中国等の新興国台頭により競争環境が厳しく、燃料費や人件費のコスト増により業績が悪くなっていたとされます。いわゆる再生M&Aも数多く行われました。結果として、地方色が強く小規模であった数百社存在した紡績企業は概ね6つの企業に収斂されました。
この頃、製糖業のM&Aも盛んに行われていました。27の製糖会社が合従連衡を繰り返していった結果、1920年代前半には11の製糖会社にまで絞り込まれます。そして、1927年の金融恐慌期の業界再編によって、9つの製糖会社が生き残ることになりますが、戦時体制の深化にともなう業界再編によって、近代製糖業界は四大製糖と呼ばれる台湾、明治、大日本、塩水港のメインプレイヤー4社へと収斂されました。
また、1920年代には競争が激化した電力業界の合従連衡が盛んに行われました。発電所や大容量送電線の獲得という意味で垂直的、供給区域の拡大という意味で水平的なM&Aを実施していきました。数々のM&Aを通じて5社の大手に集約したとされます。双日のルーツであり、戦前に存在した鈴木商店のM&Aの歴史も興味深いです。第一次世界大戦中に台頭し、一時は三井、三菱も圧倒すると言われました。鈴木商店もM&Aを積極的に活用して事業を拡大させた企業といえます。
しかし、金融恐慌により破綻してしまいます。そして、いわゆる再生M&Aにより破綻した鈴木商店傘下の企業が復活することになります。双日はもちろん、神戸製鋼所や帝人、サッポロビール、J-オイルミルズなど様々な企業が鈴木商店の流れをくんでいます。鮎川財閥、いわゆる日産コンツェルンはM&Aを積極的に展開した財閥のひとつです。日産自動車を中心に、現在の日立製作所、ENEOSホールディングス(旧:JXTGホールディングス)の源流の財閥になります。中核の日本産業は、株式公開により資金を調達し、その資金を活用し、M&Aを進めていきました。その子会社も積極的に株式公開を行っています。日本製鉄(旧:新日鐵住金)の前身である日本製鐵は、官営八幡製鉄所を中心に、輪西製鉄、釜石鉱山、三菱製鉄、九州製鋼、富士製鋼の1所5社が1934年に合同して設立された鉄鋼メーカーでした。設立は現物出資方式がとられています。その後、東洋製鉄の資産の現物出資や大阪製鉄より資産を買収し事業を拡大しました。
M&Aの市場
ソニーのコロンビアピクチャーの買収や、三菱地所のロックフェラーセンターの買収に象徴されるように、日本のM&Aが脚光を浴びたのが1989年になります。これ以降、1997年の独占禁止法の改正、1999年の株式交換・株式移転制度の導入をはじめとしたM&Aに関連する法改正の影響もあり、年々M&Aは増加していきました。2006年には会社法の施行や2007年の三角合併の解禁の動きもあり、日本のM&A件数は急激に増加しました。
その後、リーマンショックなどの影響により、日本のM&A市場は一時的に落ち込みます。東日本大震災のあった2011年には会社法の施行前の水準までM&A件数が減少しました。しかし、近年は2011年を底に再度増加基調が続いています。特に、アフターコロナを迎えた日本では、日銀による金融緩和策の影響もあり、世界でもトップクラスにM&Aが活発な市場となっています。実際、2024年のM&A件数は適時開示ベースで1,221件となっており、前年比14%増で17年ぶりに最多件数を更新しました。一方で、世界を見回してみると、2022年以降の大幅な金利高により借入コストが高騰しています。米国の「シリコンバレーバンク」や「ファースト・リパブリック・バンク」などの大手銀行の経営破綻は記憶に新しいでしょう。資金調達コストが増大したことで、海外企業はM&Aにやや慎重になっているのが現状です。その結果、日本企業は世界でも安定的な買い手として、M&A市場において存在感を増しています。
また、国内のM&Aの件数が増加している要因として、少子高齢化問題も挙げられます。日本の構造的な課題である少子高齢化問題は、すべての産業において将来不安を生み出しており、自社の営業努力だけでは業績の拡大ができないのではという危機感を覚えている企業も少なくありません。このような状況下において、特に譲受企業では、業績の拡大や人手不足の解消を目的としてM&Aを検討するケースが増えています。
一方、譲渡企業側では、経営者の高齢化と事業承継問題が社会問題となっており、M&Aの増加要因になっています。中堅中小企業の経営者の平均年齢は年々増えているにも関わらず、後継者が決まっていない企業の割合が高い状態が続いています。この事業承継問題の解決手段としてM&Aが浸透しつつあります。また、以前はM&Aといえば、乗っ取りやマネーゲームといった悪い印象を持った経営者が多かったのではないかと思いますが、近年では課題解決の手段としてM&Aを捉えている経営者も増えている印象です。
近年M&Aが増加している理由
<売却側>M&Aが増えている背景
① 経営者の高齢化および後継者不在
東京商工リサーチの2024年調査によると、経営者の平均年齢は63.59歳と、年々高齢化が進んでいます。2025年には中小企業・小規模事業者の経営者のうち約64%にあたる約245万人が70歳を超え、その半数(約127万人)が後継者未定との調査結果も出ています。以前は、親族内承継が当たり前でしたが、子息子女がいない、いても継いでくれない・継がせないという経営者が増えており、会社を第三者に譲渡するケースが増えています。
社長年齢別 | 後継者あり | 後継者不在 |
30歳未満 | × | 94.5% |
30歳代 | 4.9% | 95.1% |
40歳代 | 12.0% | 88.0% |
50歳代 | 24.3% | 75.7% |
60歳代 | 45.7% | 54.3% |
70歳代 | 56.7% | 43.3% |
80歳代 | 65.3% | 34.7% |
※出典:株式会社東京商工リサーチ「社長の平均年齢 過去最高の63.59歳 最高齢は秋田県66.07歳、最年少は広島県62.45歳」
※出典:中小企業庁「中小企業・小規模事業者におけるM&Aの現状と課題」